「諏訪信仰」とは一体何か?

長野県南信地方の諏訪市、岡谷市、茅野市を中心とした地域「諏訪」。

全国に約25000社ある諏訪神社の総本社、諏訪大社(上社本宮・前宮、下社秋宮・春宮の4社)があり、

日本三大奇祭のひとつ「御柱祭」や、凍結した冬の諏訪湖の湖面に轟音を立て、亀裂が走りせりあがる「御神渡り」が有名です。

諏訪の地名の由来は古く、古事記の国譲りの場面で、武甕槌神(タカミカヅチノカミ)に敗れた建御名方神(タケミナカタノカミ)がたどり着いたのが、

「州羽海(スワノウミ)」と記述されており、それが現在の諏訪湖と考えられています。

「スワ」は「サワ」と同義語で山間部の谷川や湿地、湖を形成する地形を表す「沢」からきています。

山や川の恵みをもたらす「沢」の神こそが古来からの諏訪の神であり、

縄文時代から土着神として信仰されていた精霊・自然神「ミシャグジ」です。

ミシャグジは「御社宮司」や稲作の神「御作地神」、境界の神「御石神」、蛇神「御赤蛇」からと諸説あります。

 

古来より諏訪の地を統べ、守り続けてきたのが、一説でそのミシャグジ・諏訪明神と同一視されている

土着狩猟系先住民族「洩矢神(もれや/もりやのかみ)」である洩矢一族です。

その洩矢一族は、侵攻してきた出雲族の建御名方神と戦い、敗れました。

そこから諏訪の神は建御名方神になったのですが、なぜ現在まで土地の人々に侵略者の神が慕われ、崇められているのか。

それは諏訪の統治権を得た建御名方神は圧政は敷かず、諏訪の地に稲作を伝え、豊かにしたうえ、

洩矢族とともに建御名方神が諏訪を統治し、共存共栄したことにあります。

「大祝(おおほうり)」と「神長官(じんちょうかん)」-。

大祝とは、諏訪明神の依り代、現人神(生神)であり、諏訪社の最高位の役職です。

代々建御名方神の子孫である「諏訪氏」が大祝を務めてきました。初代大祝は童男で8歳であった、といいます。

大祝が「祭られる者」とするならば、大祝の神託を受け、実際に「祭る者」として神事を取り仕切っていたのが、諏訪大社の筆頭神官・神長官でした。

建御名方神は、その神長官の座を洩矢族の長に任せました。現在は「洩矢神」の子孫「守矢氏」が代々祭政を担っています。

残念ながら、2002年9月1日、後裔「諏方弘」氏が亡くなり、「上社大祝家」は断絶してしまいました。

神長官の守矢家 現当主は 第78代 守矢早苗氏でご健在ですが、こちらも後継ぎがいないそうです。

戦いはあってもロシアのような侵略はせず、また侵攻された側は根に持たず、共存共栄してきた諏訪の神々。

史実が神話から現代へと連綿と伝承され、長く土地の人々に愛されて信仰される理由がそこにあります。

 

髙野 修一